今日、担当者への挨拶を終えて、カギを返却して全て終了。
なんのかんので、結局今日3月31日までかかってしまいました。
まあ、でも大きなトラブルもなく終了しましたので、良としましょう。
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今日、担当者への挨拶を終えて、カギを返却して全て終了。
なんのかんので、結局今日3月31日までかかってしまいました。
まあ、でも大きなトラブルもなく終了しましたので、良としましょう。
「恵比須の数を誇るのではなく、風化した恵比須様にも新しい花や水が備えられていることを、私は美しいと感じる。」
3/27のエントリーでも述べたように、たくさんの恵比須さまがいらっしゃることは、誇るべき事である。
多くの佐賀んもんが、江戸時代の昔から、恵比須さまを暮らしの傍らにお祀りし、寄り添って暮らしてきた証である。
なんとも美しい話ではないか。
その証が多く街中に残っている。
いや、残っているのではなくて、今も庶民と恵比須さまが寄り添う暮らしが続いているのである。
※この記事は、あくまでも私見であり、「恵比須DEまちづくりネットワーク」の正式見解ではない。
私が佐賀ん街の恵比須さまと関わって、たかだか三年が過ぎたばかりですが、
まずは、佐賀に住む私たちがそのことを知ること、その価値をちゃんと認識することが、
佐賀ん街の民俗遺産を受け継いでいくために一番重要なことだと痛感しています。
「街中できちんと守られてきたものと、外国産の石を使い、大きさやいわれのないご利益を謳う「マガイモノ」とを混同してはいけない。」
他人にとっては「マガイモノ」にしか見えない恵比須さまでも、
持ち主の方に取ってはかけがえのない信仰の対象であったり、家族であったり、友達であったり、きちんと守られてきた恵比須さまには、それぞれの物語が必ずある。
今は、残念ながら放置されている恵比須さまでも、そこにお祀りされたときは、それなりの所以があったはず。
石が「外国産」であろうと、塩田石であろうと砥川石であろうと、恵比須さまに込められた想いや祈りに何の違いがあるというのだろう。
「大きさ」や、いわんや、呆れて笑いしか出てこない。
七福恵比須さまにしても、いわれやご利益があるといわれる多くの恵比須さまの中から選定させていただき、
それぞれの恵比須さまの、持ち主の方の想いを再度うかがって、許可を得て、その写しを製作し、皆さまにご紹介したものである。
「いわれのないご利益を謳う」と罵倒される「いわれ」が無いのである。
※この記事は、あくまでも私見であり、「恵比須DEまちづくりネットワーク」の正式見解ではない。
「恵比寿像が多いことを売り込もうとしているが、・・・」
(恵比須の「須」が「寿」なのは、原文のまま)
いわゆる大合併以前の佐賀市内でさえ、470体以上確認できる。
街中に恵比須像が多いこと自体は、誇れることではないのか?
こんなにたくさんの恵比須さまが、街角に祀られているところはない。
あまりにも身近で自然な風景なため、
他の街でもそうだと思っている佐賀の人たちに、まず知ってもらいたい。
地元の人達が、その価値を知らなければ、活かすことはできない。
そのためには、「恵比須その数日本一」は効率的なキャンペーンだったと思う。
七福神の一人、「恵比須さま」が、日本一多い街。
素晴らしいことではないか!!
※この記事は、あくまでも私見であり、「恵比須DEまちづくりネットワーク」の正式見解ではない。